2010年9月2日木曜日

織田作之助を読んだりしています。

「夫婦善哉」が話題になった戦中・戦後に活発な活動をした作家の本を読みました。小説の世界観
や登場人物の感性、都市空間のヨドミがいまの時代と少しも変わらないのに驚かされました。文字による描写のせいかも知れません。
今年は戦後65年、成長し続けてきた日本の経済の中で、暮らしは格段に便利になり、生活レベルは上がったはずです。都市はおしゃれにセンスアップし国際感にあふれているのに、なぜ半世紀も前の小説の世界に古さも感じないし、新鮮に共感できるのでしょう。
もしかしたら、私たち日本人は、日本の文化や日本人の生活様式をどこかに忘れてきてしまったのか、あるいはここ20年余りの景気の後退の中で50年前の人々の感性や生活がいきなり私の中にフィードバックされたのでしょうか。いずれにしても氏の小説の中にある個人主義・厭世観・そして
小さな幸福感といったものに感動させられました。
私たちのモノ創りは決して芸術ではないけれど、生活に密着する多くの価値を商品化ことをテーマにしています。そこには人間そのものの存在意義や可能性、日本人だから持ちえる価値観や様式
に応えるものがあってほしいと思いました。
行き過ぎた功利主義や、閉塞感が生んだ成果主義に追われてきた日本の65年がもしかしたらちょっと違っていたのかなとも感じます。貧しい生活の中にあっても、暗く臭い路地裏の住まいの中にあっても必ずしも不幸とは限りませんものね。

写真は江戸川橋で見つけたかわいい商店街

2010年8月23日月曜日

売れるモノって、誰が作るの。

「売れるもの」を創れ!と言われるけれど、市場がここまで落ち込んでしまうと、売れるものは誰が作れるのでしょうか。「いい素材を持っている人」は素材を買って商品化する企業が見つからない。
続く・・・・

2010年8月20日金曜日

悩み深い、この頃のモノつくり。

大量生産、大量販売の時代が終わって早20年がたとうとしています。身の回りにあふれていた新しいものが、だんだんマスコミや広告の中だけであるような気分にさせられます。販売サイドを見てもメガストアが薄利多売でさらに巨大化することが少なくなっています。


最近はプチ贅沢などといって、小額のハイグレード商品が意外と受けているようです。生活者だって、一般的に生活に大きなゆとりがあるわけではないので、やはり高額品が飛ぶように売れるような社会はもうないかもしれません。

いまは、政府の政策でエコポイントなどが注目され、車や家電、住宅部品といったものの環境対策を施されたものが売れているようです。これも、生活に及ぼす実質的な価値を見ると、疑問を感じるものも多くあるように感じます。

これからのモノつくり、難しい時代だなと思います。とりわけ多くの企業に開発の体力も少なくなってきている現状の中で、私たちは何を目指していけば良いのでしょう。少なくとも、これからの地球に、次の世代に、そして生活するみんなにやく立つモノを創って行きたいものです。

2010年8月18日水曜日

研究日記をはじめます。

モノが欲しくない時代になってしまいました。
バブル崩壊後、世の中妖怪「やすいもん」に捕りつかれているうちに、生活者にとって欲しいものが
なくなってしまったようです。
これから、そんなこと、あんなこと、少しずつレポートしたいと思います。